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6 最終手段は (※リョ跡リョ注意!)



“越前リョーマ”を生きて来た24年間。
年齢に見合っているのかいないのか、統計を見た事も無いのでそれは分からないが、それなりの数の、所謂、恋愛を経験して来た。
初恋は小学生の頃、初めての恋人は高校生。女の体を知ったのもその頃で。
テニスを辞めたばかりの頃は、何となく頻度が上がって、その場のノリや一晩だけって言うのも知っている。
元々物事に執着したのは後にも先にもテニスだけだったからか、男に告白された時もそういうモンかと思っただけ。
付き合って、キスをしてセックスをしても、男と女の差が明確には分からなかった。知りたいとも思わなかったからだろう。
初恋の頃から今までの、多いのか少ないのか自分では判断の付かないラインナップ。
はっきり覚えていたり、覚えていなかったり。そんな顔ぶれを脳内で一周させながら、どうしたって顔が笑ってしまうのは。
ぐるりと一巡した記憶の中の誰もが、こんなに必死な顔はしていなかったな、と思ったからだ。





ソファでのやり取りの後移動した寝室で、シングルベッドの上に二人が向かい合って座った。
ただ小さく唇を触れ合わせては離れるだけの、くすぐったいキスを繰り返し、時折思い出したかの様に口角を舐める舌。
掌が後頭部を撫でる様に動き、撫でたかと思えばかき上げて乱す。耳を掠める指に、実は背筋を粟立てているのだなんて、こいつはきっと気付いていない。

何がしたいの、と問いたくなるのを寸での所で飲み込むのは、分かっているからだ。
不安げな瞳には、確かに情欲を灯しているのに―――
譲り渡したばかりの権利を返して貰っても良いのだが、そうするとこの、見た目だけはもう十分に大人に近い、しかし少年と青年の狭間に居る様なこの男が、もしかしたら 泣いてしまうんじゃないだろうか。そんな気がして。

「ねぇ跡部」

頬に口付けながら呼べば、この上無く近い距離で視線が絡む。

―――ほら。そんな顔する。

「……触ってイイ?」

思わず込み上げた笑いを押し込めながら、ジャージのズボンへと手を伸ばした。
中途半端に熱くなったそこに撫でる様に触れれば、跡部は息を詰めた。

「…っ、せ…」
「脱ごうか。俺も脱ぐから」

遮った言葉の後に、跡部の視線が揺れる。
心なしか頬が赤い。
心臓がきゅん、と音を立てた様な気がした。

―――かわいい。

首から一気にTシャツを引き抜く。自ら晒した肌に、冷房の効いた部屋は少し寒くて、反射的に小さく震える。
スウェットに手をかけた所で視線に気付いた。パチリと合って、瞬間逸らされて。そのまま見つめ続けていれば、おずおず、と言った風に戻される。

「何?」
「…いや……」

言い淀みながらも流される視線は、どうやら上半身に止まっている。

「今更男の体でがっかりした、とか?」
「そんな事!」

ない、と。恐らく続いたのだろう言葉を、唇を塞ぐ事で吸い込んでやる。
離した後の瞳からは、戸惑いは消えていた。

「…何か、してるのか?」
「え?」

遠慮がちに伸ばされた右手が、肩から腕に滑り、胸に辿り着く。
いやらしさの欠片も無い様なその触れ方に、何が言いたいのかを悟る。

「あぁ、そういう事」

興味があるのは、体。
全く健全な意味で。

「癖みたいな感じ。勿論、現役時代みたいにはいかないけど」

元々太り難い体質ではあったが、現役から退いて7年が経った。
筋肉も落ちたし、それでなくても細身の体を無理矢理叩き上げていた時代は遠くて。
けれど、テレビを見ながらしてしまう筋トレも、二日に一回のランニングも、失くせば体が疼くのだ。

「ってゆーか、お前の方が相当良い体してるでしょ」

ジッパーを下ろして肌蹴てやった体は、凡そ中学生レベルではない、鍛え上げられたスポーツマンの体。
余計な脂肪は一切無く、また余計な筋肉も一切無い。
真似をする様に、肩から腕、胸へと手を伸ばす。
弾力も凹凸も、言う事の無い。
所謂、完璧。

「専属のトレーナー付けてるんだろ」
「…あぁ」
「金持ちは違うなー。俺が中学の頃なんか、超自己流だったんだけど」

笑いながら、つい、と肌を引っ掻いてやる。
今度は、全く不健全な触れ方で。

「っ、」
「……敏感だね、跡部」

―――かわいいな。

どうしようもなく愛しくなって、思わずその体を強く抱き締める。
触れる体はやっぱり、どう見たって触れたって男の、しかも良い男の、それなのに。どうしてこんなに胸が高鳴るんだろう。

「あー……駄目だ」

脳内の言葉が、そのまま口から零れ落ちる。
そして、跡部が何かを言うより先に、その体をベッドへと、強制的に沈めてしまった。

「っ!?何す、」
「ねー跡部、やっぱ俺に抱かせて?」
「はっ!?」

やばい、心臓がどくどく言ってる。
吐く息すら荒くなっていて、思わず唇を舐め上げた。

「やばい。お前可愛過ぎる……」
「な、何言ってんだテメェ!」
「暴れるなって。大丈夫、俺どっちも経験あるし」
「そっ…いう問題じゃねぇだろ!!」

両手首を押さえつける事で封じ込める抵抗。
太股にしっかり跨るマウントポジション。ただでさえ大して変わらない体格だ、そう簡単には引っ繰り返らない。

跡部の目の色が変わる。
本気で焦っているのだろう。握っている手首がひんやりと冷えて来た。

「っ!離せよ!!」
「いーじゃん。どっちでもそんなに変わんないよ」
「変わるだろっ!?」
「試した事無いのにどうして分かるワケ」
「そっ!」

跡部が言葉に詰る。
な?と唇に笑みを乗せながら体を屈めて、噛み締められた唇を舐め上げる。
そうすると避ける様に顔を逸らすので、面白くなって首筋に口付けを。
息を飲んだのが分かる。握ったままの手首の先、その指が強くシーツを掴んでいる。
湿らせた舌先を首筋に這わせると、体が小さく跳ねる。

ふと気付いて見下ろした瞳は、固く閉ざされていた。

―――苛め過ぎたかな。

10個も離れた教え子に、こんな顔をさせて。
……それはそれでまぁ、ちょっとはイイかも、なんて思わないでもないんだけれど。
“どっちでもそんなに変わらない”は、自論なワケで。

体を離し、腕を開放した。
耐える様に閉じられていた瞳を開けた跡部がこちらを見る。

「……なーんて、ね」
「……」
「そんな顔すんなよ。分かったから」

跡部の上から降り、ついでにベッドからも降りる。
続いて体を起こした跡部に背を向けて、首をこきりと鳴らした。

「俺はどっちでもいーんだけどね。そんな顔してるヤツ、無理矢理やっちゃう趣味はないし」

そうして振り返った先、跡部は呆けた顔をしていた。
その顔があまりに幼くて、あまりに年相応で。思わず笑ってしまう。

「お前ね、背伸びし過ぎ。こーいうのは、もうちょっと大人になってか、」

ら、と。それこそ大人の意見を口に乗せていた矢先。
腕を引かれてバランスを崩し、ダイビングする事になった跡部の上半身は、この体をすっかりしっかり抱きとめた。
そして、首筋に埋められた口元から、はっきりとした言葉が紡がれる。

「俺だって、どっちでも、良いぜ」
「……は?」
「本当は良くねぇけど……でも、そんな事よりも俺にとっては、お前に…触れられる事の方、が、」

大事なんだ畜生。
最後は誤魔化す様に小さくなる言葉。
それでも、14歳の少年の精一杯。
伝わってくるのは、紛れもなく真摯な、必死な、愛情そのもの。

溜息を吐いて、その頭を抱き寄せる。

「お前、どんだけ俺の事好きなの」
「……うるせーよ」

照れているのだろう、顔を上げようとしない。
なんだかもう、可愛くて可愛くてしょうがないのだが。
このまま宥めすかして、頂いてしまうのは、気の毒な様にすら思う。
それに何より、自分はこの真っ直ぐな想いを、そうと知っていて受け止めたのだ。
それには、最後まで責任を持つ義務があるだろう。
大人として……教師として?

「……分かったよ」

抱擁を解いて、再びベッドに上がる。
今度は、跡部の腕を引いて自分から後ろへ倒れ込む様に。

「さっきの続き、してよ。その代わり、俺気が短い方だから。もたもたしてたら気が変わるかもよ」

跡部が息を飲む。
笑いながら、利き手と逆の手に、指を絡めて。

「精々キモチヨクさせてよね。跡部景吾くん?」

頷く跡部が、初めて従順な生徒の様に見えた。
その次の瞬間、押しかかって来た顔は、すでに男のそれだった訳だけれど。

これって所謂、禁忌ってやつ?

今更な事実に、こんなもんか、と軽い気持ちで頷きながら。
再開された愛撫に、瞳を閉じた。










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