身体測定狂騒曲





白い紙切れを眺めて溜め息を吐いた先輩に、嫌な予感を覚えた。
こういう時の予感って、どうしても外れてくれないんだよね。





夏休み明け一番の土曜日。
休み中も散々時を過ごしたその部屋に、今夜もリョーマは訪れていた。
しかも、いつにも増して頗る悪い機嫌を、顔に貼り付けて。
部活終了後その足で来たので、夏用の学生服のまま、テニスバックも背負ったまま。
迎え入れたその部屋の主は荷物を押し付けられる様にして受け取り、その態度に眉を寄せる。

「…オイ、何だよテメェ」
「何が」
「その態度は何だって言ってんだ、アーン?」
「どの態度が何だって言ってんだ、アーン?」

部屋の主・跡部景吾の口癖と口調をそのまま真似して、リョーマは跡部を押しのける様にして、部屋に入った。
面食らった跡部は暫し硬直した後、これは今までに無い、と対応の仕方に困る。

荒々しい足取りで廊下を抜け、自分がまだ玄関に居ると言うのに廊下とリビングに続く扉を、派手な音を立てて閉めてしまう。
普段から傍若無人なリョーマだが(これを言ったら「アンタに言われたくないね」と返ってきた)今日はいつもと少し勝手が違う様だ。

「……俺、何かしたか…?」

無いと分かっていても、自分に非があるのでは……と考えてしまう辺り、跡部も大概にリョーマに骨抜きだ。
夏休みという長い期間を越え。
共に過ごした時間を重ねる度に、跡部は何故だか角が取れて行く。
リョーマ効果。良い効果なのか悪い効果なのか。
周りの他の人間に対しても同じ様に優しくなれたなら、良い効果と呼べたかもしれないが。

「ちょっと、景吾!?」

リビングの奥から、怒鳴り声が響く。
跡部は、どうしたもんか、と溜め息を吐きながら、ゆっくりと廊下を歩き出した。

「…話、あるんだけど」

リビングに自分が入って来たと思ったら、途端に投げ掛けられた言葉はそれだ。
不貞腐れた顔をしてソファに沈み込んだリョーマは、跡部を睨み上げる様に見ている。
跡部は何が何だか分からない状況を、取りあえず分析しようとするが、無駄だ。情報が少な過ぎる。
取りあえず、とリョーマの隣に座って、いつもの様にその肩に腕を回…そうとしたのだが。
思いっきり振り払われてしまった。

「…っ、オイリョーマ、何がしたいんだお前」
「話!あるって言ってんじゃん!」
「分かったからちょっと落ち着け。何荒れてんだ」
「荒れて悪いかよ!」

そう言ってリョーマは跡部を黙らせ、ポツポツと、今日あった出来事を語り始めた。





「越前、はい」
「…はい?」
「だから、はい」
「……何スか、乾先輩」

掌を上に向けて自分に差し出している乾に、リョーマは困惑を覚えた。
握手?じゃないよな、じゃあ何これ。
場所は部室。
まだ部活は始まっていないが、レギュラーは殆ど全員が自主トレを始めている時間だ。

「身体測定の結果。回収してるから出して」
「…あぁ、あれッスか。何処入れたかな」
「ズボンの左ポケットの確率80%」

リョーマはうっ…と言葉に詰まった。
その通りだ、という事もあるし、見つからないふりをしてしらばっくれてやろうと思っていたのだ。
こうなったら、諦めて出すしかない。

「…これッス」
「うん、どれどれ。……越前、お前…」

乾は、結果の書かれた紙を見ながら、盛大に溜め息を吐いた。
分厚い眼鏡のレンズのせいで分かり難い表情が、今のリョーマには手に取るように分かった。
明らかに、呆れている。

「なぁ越前、牛乳一日のノルマ、夏休み中も守ってたか?」
「守ってましたよ。先輩が親父にわざわざ電話してくれたお陰で、毎日毎日」
「それなら、この結果は何だ。俺の予測だと、2cmのアップは確実だったんだぞ」
「…知らないッスよ、んなの」

もういいでしょ、そう言いながらリョーマは乾の横を摺り抜けようと…したのだが。

「まぁ待て越前、このままでは来年の青学が危うい」

テニスは身長でやるもんじゃない。
そう返したいリョーマだったが、長身を武器にしている乾に対して言うのは、負け惜しみの様で憚られた。

「でも乾先輩、伸びないのはしょうがないじゃないッスか。俺だって嫌いな牛乳飲んで、努力はしてるッス」
「その言葉は信じよう、しかしデータは嘘を吐かない。なら、俺の予測し得なかったモノが、お前の成長を妨げているとしか考えられないだろう」
「はぁ?妨げ…ッスか?」
「そうだ。妨げだ」

乾はどうやら、その何かに見当が付いているらしい。
訳の分からないリョーマに対して、自信満々な態度である。

「…で、その妨げって何なんスか」
「聞きたいか」
「……まぁ」

乾の眼鏡が嫌な光り方をした瞬間、その時何故、否と答えなかったのか…と。
嘆くにしては、遅すぎた。

「越前。昔から炭酸は骨を溶かすと言う。恐らく生物学上の根拠は何も無いだろうが、この際信じてみようじゃないか」
「…えっ、それって」
「今日から暫くファンタは控える様に。それから、重要なのはこっちだ」

乾は例のノートを捲りながら、何やら回数を数えて。

「やはり、多すぎるな。…年齢に見合わない性交渉は、明らかに成長の妨げとなる。少し、自重すべきだな。…と言うより、自重させるべきだ」





「つー訳で、暫くセックス禁止!ファンタも禁止!」

有り得ない。
そう呟いてリョーマは重い溜め息を吐いた。
しかし、驚いたのは跡部の方だ。リョーマの不満は明らかにファンタ禁止令の方だろうが、自分は勿論前の。

「…マジかよ」
「嘘吐くかよこんな事!…絶対俺のせいじゃないのに。そうだよ、景吾のせいじゃん!」
「はぁっ?」

リョーマは跡部に掴み掛かった。
その気迫、凄まじいもので、さすがの跡部の怯む。

「ファンタで骨が溶けるなんて、絶対嘘じゃん!って事は景吾が色魔なせいだよ!」
「色魔…ってお前意味分かって使ってんのかよ」
「知らない!とにかくアンタのせいだからね。責任持って、俺の身長伸ばすのに協力して」

こんな事になるんだったら初めっから拒めば良かった。
そんな理不尽な事まで言いながら頭を抱えるリョーマに、跡部はただ呆然とするしかなかった。





まぁそんな禁止令が、例え新学期が始まって会う回数が減ったとしても、守られる訳はなく。
そしてファンタ禁止令の方も、次の日には破られていた、というのは言うまでもない。





END





かなり久し振りにギャグめいた話を書きました。
炭酸と取り過ぎると身長が伸びなくなる……昔母に言われた言葉ですが。
まぁ、嘘だと思う(笑)
UP : 2006.01.18