scaglietti
時々、と言うよりは結構頻繁に、この人は理解不能の行動をとる事がある。 今まで生きてきた環境が違い過ぎる……この場合国籍はあまり関係無いと思う……から、という一言で片付けていいものかどうか迷うけれど、何だか考えるのさえ億劫だから、止めておこうと思う。きっとこの方が賢明。 さて今日は一体何なんデスカ、おぼっちゃま。 ……なんて言ったら怒るから、言わないけど。 「見せたいものがある」 この得意気な顔は……見覚えがある。自信に満ち溢れた顔、まぁ、一般的にこの人の顔として知られてる顔なんじゃない? ただ、ちょっとノロケると。視線の柔らかさが違うんだって。これ、人に言われて初めて知った事なんだけどね。 「また何か買ったワケ」 「まぁ言えばそうだが、今回のは今までとは違うぜ」 「そう。で?」 「……着いて来いよ」 そう言ってもう一度、彼はニヤリと笑った。 ニヤリ。右の眉が少し上がって、目が細くなる。眉と同じ側の唇の端も、上がって。 よっぽど自信があんのかな、今回は。いつもは俺が、あんまり無駄遣いし過ぎてると自分の金でもないくせに不機嫌になるから、誇らしげな自慢大会は控えめなんだけど。 俺も欲しがる様な物……だとしたら、この人がもう既に持ってる物で事足りてる。十分。 ウチには無いグラスコートもハードコートも屋内コートも、大きな風呂も大きなベッドも……他に何かあったっけ。 ……自分でも思うけど、物欲、あんまり無いんだよね。 「どこ行くの」 「着いて来れば分かる」 なんて言った彼は、それこそ気の遠くなるほどに広い屋敷の中を歩く。 屋敷……ね。アメリカに住んでた時は、テニスの関係で大金持ちの家に招かれたりとかあったけど、あくまでそれは、国土の広いアメリカなワケで。 日本って、地図上で言えばあんなに小さい島国なのに……どこにこんな土地が、と思う様な私有地に、この屋敷は建っている。 彼に連れられて何度か来た。物珍しさから中を案内して貰った事もある。けど、全部見て周るには……丸一日じゃ、足りないかも。 さすがは我が家、彼は淀みの無い足取りで屋敷の中を抜け、テラスへと出た。 淡いベージュのレンガ敷きを歩いて歩いて、温室とか植え込みとかを通り過ぎて。 やっと着いたのは、ウチの寺が丸々入りそうな……車庫だった。 「……飛行機でも入ってんの」 「あーん?自家用ジェットは飛行場にスペースを買い取って置いてある。前に乗っただろ?」 「……ソウデシタ」 何か色々規格外過ぎて、分からなくなって来た。 よく俺、この人と付き合えてるよね……まぁ、俺はこの人の持ってる物になんて特に興味が無いから、大丈夫なんだろう。 ……教えてあげないけど。 彼はポケットから取り出した小さなリモコンを操作して、車庫のロックを解除した。 途端にガガガーッと音を立てて分厚そうなシャッターが上がっていく。どうやら何台か分に分けてあるみたいで、開いたのは大体三台分くらいの広さ。勿論その横には延々と同じ色のシャッターが続いてるんだけども。 「入れよ」 何か嫌な予感はするんだけど、いつもの事ながら拒否権は無さそう。イチイチもめるのも面倒だし、結局俺が折れるんだよ。こういう時のこの人は、強情だって知ってるし、他の時は大概俺の意見が通るから。こんな時だけは、ね。まぁ折れてあげるのも有り。 言われた通りに車庫の中に入ると、古典的な外観(多分家の外観に合わせてある)とは打って変わって、中はタイムマシンでも隠してあるんじゃないかって感じの近未来風。この家としては絶対珍しい。 明るい白の壁、上の方には換気口が幾つもあって、俺が入ると自動的に点いた蛍光灯の明かりが反射して眩しい。 俺の後に続いて入って来た彼の背後には、さっき通り過ぎて来た温室なんかが見えていて、その中では沢山のバラが栽培されてるのを知ってる。 そんなヨーロピアンムードな空気も一変。急にSF映画に迷い込んだみたいな錯角。 「その奥だ」 指される方に歩を進める事数十歩。近未来型車庫は奥行きもかなりある。 そして見えて来たのは。 「……どうだ」 「どうだって……言われても」 「何かねぇのかよ。これを見て、何も思わないのか?」 正直な所、思った事と言えば『また高そうな物を』って呆れたくらい。 でもそれがこの人には分からないみたい。 「お前には男のロマンってもんが無いのかよ」 って不機嫌になられても。 「まぁ良い。……乗れよ」 「は?」 「スペシャルシートだぜ?」 カチャリと後部座席のドアを開いた彼に、エスコートされるみたいな形で手を引かれる。 今更だし大人しく従った俺は、その開かれたスペースへと体を滑り込ませた。 低い車体、でも広い車内と深く体を包み込むシートのお陰で、窮屈さは全然無い。こんなに広いもんなんだ、とここで初めてちょっと感動の様なものを覚えた。 濃紺のボディ・カラーが、艶やかに光っている。 「……へぇ」 「どうだよ?」 「良いんじゃない?座り心地良いし……何よりこの、新車なのに嫌味じゃない皮の匂いとか」 「分かってるじゃねぇか」 どうやらその返答で満足したらしい。 彼は俺の側のドアを閉め、逆側に回った。そして当然の様に俺の隣のシートへと座る。 「……アンタさ」 「何だ」 「イカガワシイ事、考えてるよね」 「……分かるか」 「バレバレ」 俺の言葉に笑った形の唇が近付いて来たから、俺はそっと目を閉じた。 慣れた皮膚の柔らかさと体温が、唇の次は首に触れて、その腕に包まれる。 ……あぁ、これがしたかったってワケ。 「景吾」 「あ?」 「狭くない?」 「我慢しろ。お前は今、世界中で20台のレア物の中に居るんだからな」 「……そんなプレミア、俺、別に要らないんだけど」 「何のために4シーターを選んだと思ってる。全部お前のためだ」 「嘘。2シーターだとシャフトが邪魔になるからじゃないの。って言うか、人のせいにすんな」 「……あるぜ?隣の車庫に2シーターも」 「……アンタ15歳じゃん」 運転しなければ良いだろ?なんて自慢げに言われても困る。 どうせこの車も、三年後、彼が免許を取れる頃には、古い型になってるに決まってる。 勿体無い。……余計プレミアになってるかもしれないけど。 「それともお前が乗るか?」 「俺はアンタより年下」 「違う。俺に、だ」 「……」 救い様の無い人に惚れたものだ。 END (2006/06/08) フェ○ーリ・612スカ○エッティ・アニバーサリー発表記念、というかなり趣味に走ったもの。 分かんないですよねぇ、ごめんなさい。でも書かずには居られなかった。 その名の通りの記念品なので、限定20台で3398万円ですって。まぁ跡部さん所有の2シーターのヤツはF50、5000万也。 ……趣味なんです。はい。それだけ。 跡部にはジャガーの方が似合う気もするんですがね、まぁ私の趣味という事で。 男のロマンはスポーツカーだけでなく、その中でする行為も含みます。 正味すげぇヤりにくい車内だと思うんだけど、そこはご愛嬌で許して。 BACK