街中が俄かに華やぎ始めて、暫く経った。本番が来る頃には飽きて来る……大概自分は冷めている。
雪の降らない暗く重い空は憂鬱でしかなくて、けれども寒さだけは母国よりも少しは上だろうか。
吐き出す息の白さは、変わらない。
「Hi,Keigo!」
大学のキャンパスは把握し切る事を早々に放棄するほどに広い。
赤銅色のレンガで覆われた壁が続く中庭は、この季節でも常緑樹が植えられているからか、華やいで見える。そしてその木々に巻きつけられた数々の電飾が昼間だと言うのにチカチカ点灯していた。
名を呼ばれて振り返る。
真っ赤なコートが目に痛い。
「Have you schedule at tonight?」(今夜、何か予定あるの?)
唐突にそう告げたのは、笑顔の明るい学生。確か、同じ専攻の同級。
名を覚えてはいないが、相手はそうじゃないらしい。日本人の留学生だからか。
相手は早口に捲くし立てた挙句、赤いクリスマスカードを押し付けて去って行った。
断る理由など探せば幾らでも出て来たのだろうが、有無を言わせぬ態度は作戦の一つなのだろうか。
講堂で開かれるというクリスマスパーティー。招待状を兼ねたそのカードを、鞄へと仕舞った。
参加するか否かは、気分次第で。……けれどもきっと行かないだろう。
クリスマスは、気分を憂鬱にさせる。
イギリス留学を願い出た跡部に、父は何も言わなかった。早い段階で世界を見るのは悪い事ではない、と。
尤もらしい言葉の中に、好きにすれば良い、という響きを感じた。元々から息子のする事に何か意見をした事など無い親。それが家に迷惑をかけなければ、それで良いと。
昔の仲間達にはテニス留学かと尋ねられたが、語学留学だと返した。海外に居て尚ラケットを握り続けるのは、どこか躊躇われる。
きっと自分には、あの頃の様なテニスは出来ない。他に何を捨てても良いと思えるほどに、全てを捧げられるテニスは、出来ない。
……思い出したくない。そう思いながら、思い出している自分。
街行く人々がやけに浮かれて見える。実際に浮かれているのだろう。何が楽しいと言うのだろう。
カシミアのマフラーに顔を埋めて歩けば、緑と赤の電飾の眩しさが少しは紛れるだろうか。
それこそただの気休め。
足が向いたのは、ロンドンの真ん中近くに位置する王立公園の内の一つ。意味は無い、ただ広い場所ならば、静かな場所もあるだろうと思ったからで。
部屋に戻るのは躊躇われた。一人きりになると、そのままめり込んでしまうのではないかと思うほどに、気分が落ち込んでいる。
我ながら暗いな、と。自嘲気味に唇を歪めながら、ただ歩く事だけに専念した。
明日になれば元に戻ると。言い聞かせる様にして。
一周しようと思えば一日掛かりな公園の並木道を抜け、空いていたベンチに腰かけた。歩き続けた革靴の中で、少し足が痛む。
動きを止めると今にも蘇ってきそうだと言うのに。
深く腰掛けたまま空を見上げれば、相変わらず曇りの空は、いつの間にか夜の姿に変わっていた。
目を閉じる。
風の音に混ざって、幸せそうな笑い声が響いていた。
記憶が、遡る。
クリスマスに誕生日なんて、損だと思ってたよ。昔はね。
でも、考えてみたんだけど。……絶対、忘れないじゃん。
それなら良いかなって、思えなくも無い、よね。
「忘れられたら、楽だけどな……」
声と呼ぶには弱い音は、聞こえ始めたクリスマスソングに乗って消えた。
鈴の音は瞬く星の様で、降り行く雪の様で。そのどちらも無い土地で、けれども思う事は同じで。
「Happy Birthday and Merry Christmas...」
届ける事さえ叶わぬ相手へ、小さな小さな囁きを。
(2006/12/25)
折角のバースデイに何やら申し訳ない気もするのですが;;
英国留学中の跡部、一人で迎えるクリスマスです。正味、かなり寂しい。
何で留学?とかは本編内で触れる(かもしれない)のでここでは割愛させて頂いて。
遅くなった上にこんな短くてしかも暗い!そしてリョーマ居ないじゃん!……えぇ本当に。
こんなでも一応祝ってるつもり……なのです。Happy Birthday リョーマ!!(言い逃げ)