有言実行とは、良い意味で使われる言葉だ。
けれど時には、言って欲しく無い時もある。
例えば、今など。


セルロイドの微笑み c/w


半ば現実逃避に近い脳内で、リョーマは一週間前の事を思い出していた。 部活の先輩、不二に貰った写真が切欠で、跡部のアルバムを見せて貰ったあの日。 なんとかピアノコンクール優勝。 なんとかテニストーナメント優勝。 表彰状やトロフィーを貰っている写真が多いのは、彼の人格形成の時点で、きっと今と対して変わらない生活を 送っていたのだろうと。そんな事を思わせる。 けれど今で言うなれば“偉そう”だとか“傍若無人”とでも呼ばれる得意気な笑顔も、幼いというだけでやたら 可愛らしい。 そう素直な感想を漏らせば、照れているのか怒っているのかよく分からない表情をしていた。 DVDから投影される巨大スクリーンの中の幼い跡部。 動画の中で、今とは比べ物にならないくらい高い声で話す跡部。 「こうして見ると、子どもってただそれだけで色々許されてると思うよ」 「……どういう意味だ」 「アンタの場合、今も変わんないみたいだけど」 軽口を交わしながら、次々と切り替わって行く写真を見ていた。 けれどある写真でふと、リモコンを操作する跡部の手が止まった。 画面に映し出されているのは、幼い二人の少年。 テニストーナメントの表彰後なのだろう、その少年達の首から、色の違うメダルが下げられている。 右側、先程から何度も見ている幼少期の跡部が下げるのは、銀色のメダル。 左側、幼少期ではあるが、リョーマもよく知る人物が下げるのは、金色のメダル。 幼少期の跡部は、はっきりと、しっかりと、悔しそうな表情を隠そうともしていない。 「……手塚部長」 あの人にも子ども時代があったのか……当然の事だけれど、リョーマはそう思った。 仏頂面を絵に描いた様な、笑顔など消し去ってしまったかの様な。 そして明らかにその年齢には見えない大人びた容姿で、気難しげな、今の手塚を脳裏に描く。 暫くして切り替えられた次の写真には、またまたリョーマのよく知る人物が映り込んでいた。 会話をしているのだろうか。跡部と彼は、カメラに視線をよこしていない。 もう一人の少年は、今の彼がそのまま幼くなったかの様に変わっていなかった。 柔和な笑顔は、この頃から健在だった様だ。 「……東京って狭いんだね」 「狭いな、確かに」 「他にも色々出て来そう。アンタの学校の人達とか」 スクリーンの中の少年、不二。 その他にも、跡部と幼い頃から親交のあった人物達がぞくぞくと登場した。 テニスという一つのスポーツで、人脈はこれほどまでに広がる。 今の関東中学テニス界オールスターズと言っても過言では無いメンツ。 つまりそれだけ、幼い頃から跡部は、テニスに打ち込んでいたのだという事にもなるのだ。 沢山、本当に沢山ある写真の凡そ四分の一は、テニストーナメントのものだからだ。 「俺はこの頃……全米ジュニアに出てた頃かな」 「四連覇って事は、九歳の時からって事になるんだな」 「そうだっけ」 「今度はお前のアルバムも見せて貰うからな」 「別にいいけど、アンタのみたいにデータ化してないと思うよ。多分普通のヤツ」 「構わねぇ」 「……変な事に使わないよね」 「何だ、変な事って」 「ちっさい頃の俺で興奮したりすんのかなぁ、と」 「っ!!?……お、俺は変態か?」 「しないか、やっぱり」 「するかよ……」 そして後日、リョーマのアルバム鑑賞会……ごく普通のアルバム数冊ではあったが……を行った。 リョーマの母が綺麗に整理しているお陰で、最近のものもきちんとファイルされていた。 リョーマが特集された時の月刊プロテニスの切り抜きなどもあり。 アルバムとは本当にその人物の成長記録なのだな……的な事を、しみじみと話してみたりして。 けれどリョーマは気付かなかった。 跡部のアルバム鑑賞会の途中から、そしてリョーマのアルバム鑑賞会の間もずっと。 跡部の様子がおかしかった事に。 そして今、リョーマは余りにも不本意な格好で、この場所に座っていた。 「……やっぱ、アンタ変態だ」 傍らに座る男に、侮蔑さえ込めた視線を投げかける。 しかし男……跡部は、それを軽く受け流し、リョーマの肩を抱き寄せた。 パシャアッ!! 小気味の良い音が響き、強烈な光が前方から飛んでくる。 思わず強く目を閉じれば、目を開けと怒られて。 何故自分は抗う事無く、こんな場所に、こんな格好で、居るのだろう。 この男と付き合う事で、どうやら自分の思考回路は幾分か麻痺させられてしまったらしい。 現実逃避の続きの自暴自棄が、妙な倦怠感として体に纏わりついている様だ。 何か、どーでも良いって言うか面倒臭い。 抗おうともこの男は聞きはしない。 もう試したのだ、先程。けれど問答無用で服を剥ぎ取られ、まさか裸で居る訳にはいかない以上、用意された ものを着るしか無かった。 その時点で幾分か自分は、今後を容認してしまったのだろう。 「おいリョーマ、こっち向け」 「……やだ」 「今すぐ食われたいなら、そうしてても良いけどな」 「……どっちも、やなんだけど」 視線を下ろせば、短い短いズボンから伸びる、自分の足。 テニスウエアのズボンよりまだ短い。 生地はレザーなのだが、そのズボンを何と呼ぶかなど、リョーマは知らない。 その先には、先端が丸いブーツ。履き慣れない感触に足が痒い。 上半身を覆うのはニットのノースリーブで、タートルネックの首の痒さは、足と似た様なものだ。 髪もヘアワックスだか何だかでセットされて、何故だか化粧までされている。 女装ではなさそうだ。けれど物凄く女装寄りである事は間違い無い。 一方跡部は、どこの芸能人だ!と言われそうな格好だった。 ストライプのシャツが肌蹴た胸、光沢の抑えられたレザーパンツ。 革靴を履いた爪先からゴツいシルバーリングを嵌めた指先まで、手抜きは見られない。 センスは悪くない。 けれど、自分にこんな格好をさせる跡部の趣味は、良いとは言い難いはず。 「カメラマンが困ってるじゃねぇか。あーん?」 「カメラマンさんごめんなさい。そのまま困ってて下さい」 「バカ言うな」 「バカはアンタだ!」 前日から降り続く雨の影響で、放課後の部活が自主トレとなり。 ならば、といそいそと帰路に着いていたリョーマは、近づいて来た跡部の車に拉致された。 どこ行くのという質問には答えず、着いた先は都心の撮影スタジオ。 そのビルの名称からして、どうやら跡部グループ傘下のビルらしい。 その中のスタジオに連れて来られたリョーマは、突然メイクルームに押し込まれ。 そして言い渡されたのだ。 今から俺との写真を撮るから、そこにある服に着替えろ、と。 「いきなり写真とか……意味分かんないんだけど」 あぁ嫌だ、と呟いて、リョーマはカメラのファインダーに背を向けた。 二人が座るのは広い撮影スタジオにセットされた、白いラブソファ。 背景には観葉植物。どうやらナチュラルなイメージを出したいらしい。 何かのグラビアか。写真集でも作ろうって言うのか。 ……跡部ならやりかねない。 けれど元々写真を撮られるのが好きでは無いリョーマは、跡部の目的など端からどうでも良い。 ふて腐れた様に……実際そうなのだが……ソファの背凭れへと項垂れるリョーマに、跡部も溜息を吐く。 ある意味で撮られ慣れている自分と違い、リョーマはメディアへの露出をあまり好まない。 けれど立場上、どうしてもスポーツ雑誌に彼が登場する事は多かった。 スポーツ雑誌に載るのは、勿論写真だけではない。記事が載る。 そしてそれには、良くも悪くも誇張表現が付きものだ。 そこに本来の性格が加わり、リョーマは写真を撮られるのを嫌う様になってしまったらしい。 控えていたカメラマンに視線で退室を促し、跡部は今一度リョーマに視線をやる。 左頬を背凭れに預け、こちらには後頭部を向けている。重いブーツの足は無造作に投げ出され、今すぐにも 脱ぎたい!と大きくアピールされていて。 けれどそれをそうと言わないのはきっと、リョーマなりに跡部の意思を汲み取っているからなのだろう。 二人の写真が一枚も無い。 そう告げた時、納得した様な、ある意味諦めた様な、そんな表情をしていた。 「何が不満なんだ。写真が嫌いだからか?」 「……違う」 「じゃあ何だ。言わねぇと分からないだろーが」 「景吾ってさ」 「あん?」 「俺の何がそんなに好きなワケ?」 突拍子も無いセリフだ。 リョーマの思考は非常に深く、そして繊細で気難しい。 けれど端的に話をするせいで、そういう様には思われない傾向にある。 しかし跡部はそれを知っているので、そのセリフに込められた意味の深さを思う。 跡部の得意技は、どんな些細な変化でも見逃さない眼力だ。 だからこそ、リョーマが言いたかった事が理解出来る。 着飾った自分でないと、一緒に写真を撮る価値が無いのか。 跡部は腕を伸ばし、多少強引に、リョーマの背中を抱きすくめる。 ストンとその胸に収まった背中は、相変わらずとても小さい。 「勘違いすんな。どうせ撮るなら……と思っただけだ」 「分かってる」 「なら、そんな拗ねんなよ」 「……分かってる」 素直になる瞬間を逃してしまったから。 ……とでも言いたげなリョーマの髪を、宥める様に撫でた。 「今度、外で撮るか。久し振りに出かけるのも良い」 「セルフタイマー」 「分かった」 じゃあ二人で、な。 その言葉にやっとリョーマは、跡部に視線を合わせた。 二人の写真が新しく作られた共通のアルバムに加わるのは、少し先の事。 END ……おかしいな、リョーマが可愛い。 うちのリョーマはある意味跡部より男前なので、こんなじゃなかったハズなんですが。 本当に書きたかったのはこっちの方です。前のはこれを書くのに必要かなぁと思って。 某BLCDを聞いてたら、スタジオでラブラブ(死)なのを書きたくなったのですよ。 久々更新がこんなの……砂吐いちゃう!!(笑) BACK