セルロイドの微笑み


秋の新人戦、冬の選抜。 年末を綺麗に締めくくれば、実質的に、テニス部が控える大きな試合は次の夏までお預け状態になる。 勿論その間の鍛錬を怠れば腕が鈍るのは必死、だからこそ厳しい寒さの中、彼らは練習を続けるのだ。 ただ、各校が決めた練習試合や校内戦を除けば、練習の成果を発表する場所が無い。 ついでに寒さのあまりに、練習に身が入らず、結果として事故や怪我を招く恐れもある。 ……御託を並べればそうなるのだが。 寒すぎて練習にならないので、冬場の土日は比較的休みになり易いのだ、という事だ。 そんな理由を引っ提げて、リョーマがやって来たのは、二月も半ばの寒い朝だった。 「ねぇ、アルバム見せてくんない?」 自室のアンティークソファに座るやいなや、開口一番のリョーマのセリフはそれだった。 その隣に腰掛けて、跡部が片眉を上げる。 「アルバムだと?」 「景吾のちっさい頃の写真。あるよね?」 また突然、一体何だ。 跡部が少し視線を下げた先に居るリョーマは、特に表情を浮かべるでもなく、跡部を見ている。 「……ねぇよ」 「絶対嘘だろソレ。だって無いはずが無い」 「何でそう思う」 「アンタお坊ちゃまだからね。写真が無いなんて有り得ないんじゃない?」 さぁ出せ、とばかりに詰め寄るリョーマ。 珍しい事…元来リョーマはあまり他人に干渉しない…に、跡部も多少戸惑う。 確かにアルバムは、あると言えばあるが。 「一つ聞くが」 「何?」 「何で突然、そんなモンに興味持った?」 今度は逆に、リョーマが戸惑う番だった。いや寧ろ、言葉に詰まった、と言うべきか。 その瞬間を跡部が見逃すはずも無く。 「俺様に言えない理由、ってか。なら、アルバムは無しだな」 「ちょ、違うって!」 「あーん?」 「……絶対馬鹿にされるし」 「馬鹿にされる様な理由なのか」 「俺にとっては重要」 「なら、何で俺がそれを馬鹿にするんだ」 「……うん」 そうだけど、と言葉を切り。 リョーマは何度か視線をさ迷わせた後、決心したかの様に今一度、跡部と視線を合わせた。 「不二先輩が、さ」 「…不二が?」 出て来た名前は意外な人物のもの。 同学年のため、それに初等部の頃からテニス大会で何度も顔を合わせているため、その存在は跡部の脳にもキッチリ刻まれている。 柔和な笑顔の後ろで、何を考えているのかサッパリ分からない男だ。 天才と呼ばれる人間は皆こうなのか、と、自校の同じ通り名を持つ人間をも思い出す。 「あの人、写真が趣味らしいんだ」 「あぁ…何度か見た覚えもあるな、カメラ構えてる所」 「だから結構俺達も被写体にされてるんだけどさ。この前、現像した写真、貰ったんだけど」 そう言いながらリョーマは、持って来ていた鞄をゴソゴソと漁り始めた。 跡部としては正直な所、よく分からない展開で。 不二の趣味が写真である事と、自分のアルバムと、一体何処で繋がると言うのだろう。 「あぁあった。コレ」 ん、と差し出されたのは、白い封筒。少々厚みがある。 元から糊付けされていなかったのだろう、宛先も書かれていないので、綺麗なものだ。 それを受け取って、跡部は中を開いた。 途端に眉を寄せる。 出て来たのは、十数枚の写真だった。 「…………肖像権の侵害じゃねーか」 呟き、はぁ、と溜息を吐く。 その写真は全て自分…恐らくは五、六年は前の…を写したものだった。 今よりも明らかに幼く小さい自分が、ラケットを振っているもの。 初等部の頃に出ていた試合中のものである事が、背景に映り込んでいた大会ののぼりで分かる。 「…プレゼントだって」 「何で不二がこんなもん持ってんだ」 「古いネガを整理してたら出て来たらしいけど。不二先輩のお姉さんが撮ったんだって」 「不二の?」 「不二先輩のライバルになりそうな人の写真。手塚部長のとか、他にも色々」 不二の姉、と言われてもいまいちピンと来ない。 さすがの跡部でも、小学生の頃の記憶が全て鮮明な訳も無く、他校生の家族まで知っている訳も無い。 「で、興味あるんじゃない?って、くれたんだけど」 「受け取ったのかよお前も」 「だって折角現像されてるのに勿体無いじゃん」 「かと言って、こんなモン……」 決して写りが悪い訳ではない。 ただ、気恥ずかしいのだ。今の自分しか知らないリョーマに、昔の、幼い自分を晒すのは。 しかも、自分の知らない所で、既にそれは晒されてしまっていたのだと思うと。 「それで」 「……あ?」 「もっと昔とか、テニスしてる時以外のとかも、見てみたい、と思ったから」 「!」 リョーマ自身も、感情を持て余しているのだろう。 誰かに対して湧いた興味。もっと色々な事を知りたいという欲求。 そんな感情には不慣れなリョーマは、それを告げた事で、少し剥れている様に見える。 そしてそれが照れ隠しだという事に、気付かない跡部では無い。 これは、滅多に無い。 そしてとても、嬉しい、と感じている自分。 「……いいぜ」 気が付くと跡部は、そう口にしていた。 「…マジ?」 「あぁ、アルバムくらい減るモンでもねぇしな。それに俺のアルバムは、全てプロのカメラマンに撮らせた写真で構成されている。そこ等で見るモンとの違いを見せてやるよ」 相変わらずの態度に、リョーマは片眉を上げて、そして笑った。 それが跡部流の照れ隠しである事に、リョーマとて気付かない訳が無い。 「どの辺りのが良いんだ」 「生まれたばっかの頃から、全部」 「……DVDデータで、軽く100枚はあるだろうが」 「げっ」 「まぁいい、久し振りにシアタールームでアルバム鑑賞会と行くか」 「シアタールーム!?」 「どうせならデカいスクリーンの方が良いだろ?」 「いや、別にここで良いんだけど」 「それに、ビデオもあるはずだからな。昔の試合のビデオなら、手塚や不二らも出て来るぜ」 「……ちなみにそれは幾つくらい」 「あれもDVDで……覚えてねぇ」 「へぇ……」 超パンダム級お坊ちゃま跡部のランクを、また一つ知るリョーマであった。 END (2006/03/07) ほのぼのとラブい感じで。 私はあまり二人の間に他の人間を挟まないので、新たな試みにチャレンジしてみました(笑) 不二、由美子姉さん、手塚、ちょろっとだけ忍足。 この二人の会話に他の人が出て来るのって、私の書く話では凄い稀。 ちなみに微妙に続きを考えてるんで、近日中に書けたらUPします。 BACK