黙って寄り添い合えるのなら。
時間通りに待ち合わせ場所へと姿を表した事のない彼を、今や、咎める事さえ諦めてしまっている。
素直に謝る内はまだ良い。かける言葉を間違えば、その日は、良くて一日中不機嫌。悪くて……その場でサヨナラだ。
一度それをやらかした事がある。こちらの怒りは尤もで、寧ろ所謂逆ギレ状態を起こした相手に全面的な比がある。だからこそ苛立ちを殺しきれないまま滲ませ、迎えの車を呼んだ後の携帯が彼の名を表示して振動した時には、応じるのを一瞬躊躇った。
『……ごめん』
電子音にかき消されそうなほど小さな謝罪に、気づいたのだ。
頑なな態度は、自己嫌悪の裏返し。天の邪鬼は彼の専売特許。……悪いと思っているからこそ、責められて反発してしまう頑固者だから。
それ以来、多少の遅刻には目を瞑る事にしている。遅れる、とメールを寄越すだけ良しとした。
気が長くなった……訳ではない。彼を待つのは、不思議と嫌でないだけで。
今日もつい五分ほど前にメールを受信したばかりだ。遅刻を踏まえて、普段なら少し前に来るのが常なのだが、この頃は待ち合わせ時間丁度……少し後に来る様にしている。それくらいの応用は学んだ。
跡部は肩を竦めた。差し込む様な寒さにマフラーを巻いたはずの首筋が冷える。
一旦解いて隙間を埋める様に巻き直せば、一つ、白い息を吐いた。
どんよりと曇った空は冬の夕暮れのそれで、もしかすると雪が降るかもしれない。天気予報ではどの様に言っていただろうか、確か―――
「練習、寝坊して……」
目の前で響いた声に驚いて視線を下げる。
待ち人が、居心地の悪そうな顔で立っていた。空を見上げていたため気付かなかったのだ。
「目覚ましは鳴ったんだけど。って言うか、多分鳴ってたんだ、けど」
つまり、知らぬ内に止めてしまって気付かなかった、という事だろうか。
そして寝坊。罰として、練習終了後にグラウンドを走らされていた、と。
今なら溜息さえも濃い白色に変って空へと上るのだろうが、敢えてそれは止めておいた。寒さを強調するだけだ。
「……俺様を待たせた代償、何で払って貰おうか」
意地悪く言えば、うっと言葉に詰まった顔。
怒っている訳ではない。向こうもそれには気付いている。不自然に逸らされた視線がチラチラと向けられて、最後には拗ねた様に白いマフラーへと顔が埋まった。
その仕草が面白くて、思わず口角が上がる。
「取り合えず、飯でも食うか。こんな所に突っ立てても寒いだけだ」
そう言って背を向ければ、慌てた様に横に並ぶ一回り小さな体。
冬になって必要以上の白さを見せるその頬が、今は少し赤い。寒さと、この場所へ急いだ証。
見るからに冷たそうな耳に、ポケットから出した指を伸ばした。ツキンとした、痛い様な冷たさが伝わって、けれどそのまま弾かれた様に此方を向いた瞳と視線を交わすと、そんな痛さは忘れた。
「耳当てでも買ってやろうか。そのマフラーと同じ、白が良い」
「……イイよ、そんなの。別に要らない」
「寒がりなくせによく言うぜ。人の好意は素直に受け取れ」
「要らないってば」
そう言って、邪魔だとばかりに指を振り払えば。リョーマは今一度、マフラーに顔を埋めた。
―――強情が。口の中で呟きながら、それでも悪態を吐くほど、機嫌を損ねている訳ではない。自分も、リョーマも。
「何」
「あ?」
「何食べんの。かなり走ったから、腹減ったんだけど」
「寝坊したお前が悪いんだろ」
苦笑混じりの台詞に聞こえないフリを返して、リョーマは行き先を尋ねる。
周辺の行き着け場所を数件思い浮かべながら、料理の種類を順に上げ、その中から一軒を選択させた。
「近い?」
「ああ。すぐに着く」
その台詞にやっと笑顔を浮かべたリョーマを促しながら、跡部は一歩を踏み出した。
「寒っ……!!」
思わず、といった様に漏れ出たリョーマの声に、同じく跡部も肩を震わせた。
店から出た途端に冷え込んだ空気に全身が包まれる。厚手のコートさえも容赦なく突き刺す冷気に、二人は思わず顔を顰めた。
暖房の効いた室内から一変。水中に投げ出された様な寒さが、満腹感に綻ぶ体を容赦なく叩く。
その上、吹く風は海風。東京湾が近いのだ。
「ねぇ、じっとしてると寒い」
既に空は墨を流した様な黒。曇り空の漆黒には星も無ければ月も虚ろだ。
時折強く吹く海風を避ける様に顔を背けて、先に立って歩くリョーマの横に並ぶ。
「……何処へ行くんだ」
「食後の運動。……散歩、しない?」
寒い寒いと繰り返しても、帰りたいとは一言も言わない。
自惚れ―――いや、自惚れても構わないのではないか。そんな事を思いながら、そ知らぬ顔の横顔を見やった。
「手でも繋ぐか」
「……ジョーダン」
チラリと寄越した視線に悪戯な色。
まるで先ほどの心情を読まれたかの様で、跡部は肩を竦める。
コーデュロイコートのポケットへと突っ込まれた掌を、掬い上げる事は容易だ。けれどそうする事でまたもや天邪鬼を呼び起こす事は避けたいと思う。
その足は、臨海公園へと向いている様だった。ただでさえ冷たい海風の源へ出向くとは。
寒さを訴えるばかりの存在が、巻き起こす矛盾にももう慣れた。
「真っ黒……」
手摺に凭れながら眼下に迫る海面を眺める横顔に、他意は見付からない。
何が楽しいのか……とそれを見つめながら、リョーマとは反対側、背中を手摺に預けた。
頬は、相変わらず白い。耳も。
縮こまらされた背中が寒さを如実に語っていて、言葉少なく海を見つめるその瞳に、夜景の明かりがチラ点いていた。
襟足を撫でる様に吹く風、マフラーにさえ染みる様な寒さは、襟足を撫でては過ぎて行く。
寒い。そう思った。
「……何してんの」
「風除けだ」
「頼んでないんだけど」
「お前を、風除けにしてんだよ」
「……何様」
その背中ごと抱きすくめても、文句と取るには少し弱い言葉と、拒みはしないその体。
コートは夜風に冷えて冷たくなってはいたが、ほんの少し、温かくなった様な。……気持ちの上で。
「さっむ……」
「お前そればっかじゃねぇか」
「だって寒いじゃん。アンタ寒くないワケ」
「寒いに決まってんだろ」
言葉を交わしながら、少し屈んだ自分の頬のすぐ横に当たるのは、変らず冷たい白い耳。
ポケットから出した手を、今度は挟む様にその耳に触れさせた。
耳を塞ぐ様に。イヤーマフの代わりに。
捻る様にして、リョーマは視線を寄越した。
ずれた掌を外せば、その間に体を反転させる。
大きな瞳を少し細めて、リョーマは笑った。
「……ほら。耳当てなんて、必要ないじゃん」
言葉の意味を飲み込む前に、もう一度その耳を塞いで。
誘う様に閉じられた瞼に口付けを。
寒い寒いと繰り返す、その唇にも口付けを。
寒い夜は、決して―――嫌いじゃない。
END
四周年記念一発目!「冬っぽいデート風景」東雲明さまリクで御座います。
リョーマには白のマフラーとか似合い過ぎて可愛過ぎて鼻血なのではないかと思いまして!(私が!)
うちの跡リョはインドア、外に出ても専らテニスコートという根っからの出不精……。
と言いつつ私が移動をさせるのが苦手なだけなのですが;;
という事で、折角デートとのリクを頂いたのですから、外出させました。
あ、甘く仕上げたつもりなのですが。と言うか、個人的には砂糖ゲハッ!!という感じに甘いのですが……。
お気に召しましたなら幸いです。
東雲明さま、企画参加有り難う御座いましたvv
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