フレーズキスミ
*Happy Birthday dear Ryoma Echizen 2007.



常緑樹がキラキラに飾り立てられる季節がやって来た。
ここぞとばかり、電飾で家を囲ってご近所さんと競い合い、どこどこのお宅のイルミネーションがね、なんてやるのが当たり前のステイツよりは幾分かマシで、それでもやっぱり、電気代のムダなんじゃない?と言いたくなってしまうほど、夜の道がやたらめったら明るいのは、この季節に限定されている。
赤と緑で、街が店が覆われる。耳慣れたクリスマスソングがエンドレスで流れ続ける。
今日は宅配ピザを運ぶ原付のアルバイトが、サンタクロースの衣装を着ているのを見た。寒くないのか、いや、あの下にモコモコと着込んでいるのか。
何にしてもクリスマス。鈴の音を響かせながら、サンタが来ようが来まいがとにかく、クリスマスがやって来る。
カレンダーなんか見なくても、いつでも周りが教えてくる訳だ。



「……クリスマスパーティ、ッスか」

サンタカラーの真っ赤なマフラーを巻いた先輩が、上機嫌に笑いながら招待状をくれた。
日時、12月24日午後5時。場所、部室にて。
画用紙を切ったり貼ったりして作ったんだろう、凝った作りのそれに“器用だな”なんて関心しながら、俺は呟いた。

「そ!去年はさ、上の先輩達居たから遠慮してたけど。今年は俺らがいっちばん上だもんね!部室使い放題〜。引退しちゃってるけど、先輩命令はゼッタイだかんね、おチビ?」

手塚も了承済みだよー、と言いながらピースをしている先輩を横目に、ふっと……過ぎる事があって。
けれど、でも。
……どうしようも無い事だ。割り切ってる。

「分かったッス。空けときます」
「そーこなくっちゃ!これでレギュラー全員参加!」

役割分担決めなきゃね、ケーキと、食べ物と、飲み物と、飾り付けと。
そう言いながら楽しそうにしている先輩を見ていると、ああやっぱり、クリスマスって楽しいものなんだ、と。人事みたいに思った。



クリスマス・イヴがやって来た。
寝る時はサイレントにしてある携帯には、物好きな面々からのお祝いの言葉。
Merry X'mas & Happy Birthday……どうもアリガトウ、と口で呟いて、そのままパタンと折り畳む。
リクエストしておいた和食の朝食を終えて、何が良いかと訪ねられたから答えておいたゲームとソフトを貰って、「今日で13歳!?見えねぇな!」なんていつもの軽口には一睨みを送る。

朝が終わって、昼が終わって。ちょっと早めに部室に着くと、パンパンパン!って音と共に、既に揃ったメンバーに、「誕生日おめでとう!」と迎えられた。
いや、クラッカー早くないッスか?なんてツッコミを入れる暇も無いまま、何故だか服を脱ぐ様に言われ、何故だか渡された三年生用の緑ジャージを着せられた。
頭には、てっぺんに星の付いた三角帽。

「越前はそこに座っててくれ。何せ、今日の主役だからな」
「チキンも寿司も食い放題だぜバーニーング!」

今日の主役。
その言葉の意味と、このジャージの意味が、二人の先輩が持ってきたフェイクファーのモールで分かった。

緑の服と、頭には星。
白のモールでクルクル巻けば、あっと言う間に。

「クリスマスと言えば、ケーキにチキンにサンタさん!」
「けど、一番の主役は、やっぱりクリスマスツリーなんじゃない?」

抵抗する気さえ起きない俺を救ったのは、元部長の手塚先輩の一言だった。

「何を遊んでいる。グラウンド20周、してくるか」

……その「グラウンド20周」に俺も含まれてたっぽい響きが引っ掛かるけど。



クリスマスパーティは賑やかに進んだ。
BGMにはクリスマスソングメドレー。用意された料理やケーキも美味しかったし、ビンゴゲームで当たったリストバンドも丁度欲しかったし、それ以外に先輩達全員から貰った愛用のグリップテープとヘッドカバーのセットは嬉しかったし。
途中、乾先輩がこっそりシャンメリーのボトルに仕込んでいた妙な汁のせいで、大惨事になりかけた……けど、それを除けば、過ぎたのは思っていたより楽しい時間。
部室を綺麗に片付けたら、残ったのは微かな残り香だけで。俺達は、いつも通りの部活が終わる時間、19時に別れた。

時間が過ぎるのはあっという間だ。プレゼントを詰め込んだ紙袋をぶら下げて、寒い道を歩きながら思う。
家でゴロゴロしてても一緒。こうしてパーティをしても一緒。流れる早さも、長さも。
どう過ごそうが、あと5時間で24日は終わる。

怒っている訳じゃない。むしろ、こんな事くらいで腹を立てると思われているとしたら、そっちの方がムカつくと思う。
お互い納得した上だった。何かにつけて顔の広い彼の事、こういうイベントの日に、どっかのパーティに呼ばれていても、不自然じゃないどころかそっちの方が自然というものだ。
元々、その手の事にはあまり興味が無かった。欲しいものを堂々と強請れるから、なんてヨコシマな理由でうきうきしたとしても、こういうイベント事に率先して参加するタイプじゃないと、自分でも分かってるし実際そうだ。
ただ、何だか損した気分になるな、といつもほんの少しだけ思ってた、クリスマス・イヴと一緒の誕生日。
誕生日だけは、参加するしない関係無しに、絶対に誕生日なんだから、しょうがない。
だからと言って、祝ってくれなくても構わない。忘れられて無い程度であれば、まぁいいや、と思える。

そんなもんだった。
なのに。

『……悪い』

あんな顔して謝られたら、思ってしまうじゃないか。
誕生日は祝うものだ。食事、ロウソク、ケーキ、プレゼント……一緒に。
世間の理想や当たり前から、俺の基準はズレてるんだから。謝らなくて良い、何も……悪くなんてない。
なのに、あの言葉と、その顔のせいで。

―――祝って欲しいと思ってしまうなんて。

「寒っ……」

マフラーの隙間を縫って吹き込んで来る風に身を竦めながら、手袋の無い手をコートのポケットに突っ込んだ。
いつも静かな住宅街も、所々の家に飾られたイルミネーションの輝きで、何となく華やいで見える。

なのにもの悲しいのは、さっきまで散々騒いでた名残か。
それとも、彼がここに居ないから。
だからと言って、あの場で。嫌だなんて。それを伝えるなんて、思いつきもしなかった。



家に着いて、芯まで冷えた体をお湯に浸かって温めた。
風呂を上がって、ジュースを飲んで。部屋に戻ってベッドに寝転がる。

未練がましい期待を捨て切れないまま、携帯は手の届く所へ。
でもそれが鳴り響いた所できっと、俺はいつも通りの対応しかしないし出来ないのだろう。

求められていないのに、返せない事を少しだけ申し訳無く思ってしまう可愛さや健気さや甘さ。

嫌ってほど実感する。
俺は―――恋をしているんだって。

似合わない……自嘲して、俺は目を閉じた。



味気無い電子音に脳を揺らされる様な衝撃で叩き起こされて、何が何だかな勢いで俺は電話に出た。
寝起きの頭は正常には働かないのに、電話が鳴ったら出る、という習慣は体に染み付いている。
かと言ってやっぱりまだ起きていない脳では、第一声を発する事すら出来なくて。

『もしもし、おい!聞こえてるか!?』

ゆっくりと覚醒して行く自分に合わせる様に、伸び切った返事を返すしかなかった。

雑音が酷い。ザアザア、ザアザア。まるで雨をBGMにしている様な。
相手が何を言っているのかを判別するにはまだ遠く、ただ、それが誰なのかだけは声で分かったから、多分普通よりは早く、俺は目を覚ました。

「……うん……?」
『てめぇ……っ、寝てやがった、だろ……っ」
「……うん」
『つーか、まだ寝てんのか?……っ、起きろ」
「……起きて、る」

時計を見れば、24時5分前。
あぁ、まだ……24日だったんだ。

『……まぁいい。上着着て……っ、急いで前まで出て来い』
「……はぁ?」
『はぁ?じゃねぇよ!まだギリ、間に合うだろ!』

声を荒げてそう言ったきり、電話はプツリと切れた。
俺はノロノロと立ち上がって、言われたとおり、さっき出掛けた時に着ていたコートをパジャマの上から羽織った。
部屋を出て、真っ暗な廊下に裸足の足を付けた時、その冷たさに、頭の芯が目を覚ます。

握ったままの携帯を見れば、時間は1分経過していて。
瞬間、息が詰まる様な動悸に襲われる。
半ば走る様な勢いで階段を降りて、廊下を抜けて玄関を飛び出す。

門の向こうに、彼は居た。

ドクン、ドクン……と。
休み切っていた体に、脳に。血と一緒に酸素を送り込みながら、俺は彼に近づいて行く。
門を開けた所で、腕を引かれて抱き締められた。

「……間に合って、良かった」

心底良かった、という声が降って来て、俺はそのまま、顔を上げられなくなる。

「……おい」
「やだ」

顔を上げさせようとする腕に抵抗して、彼のコートに押し付ける。
しょうがない奴、という溜息の後、さっきより強く抱き締められた。
彼の呼吸は乱れ切っていて、服越しで分からない鼓動も、どうやら相当早いみたいで。

「……走った、とか?」
「……渋滞に巻き込まれやがってっ、タクシーもつかまらねぇし。……こんな格好でキロ単位の走り込みは、相当キツイ」

そう言って笑った彼に促されて、やっと顔を上げると、額に唇が降って来た。

「Happy Birthday」
「……Merry X'mas」

ギリギリ。
笑い合って、冷えた唇を触れ合わせる。



サンタクロースのプレゼントとしては、ちょっとフライング。
でも、バースデイプレゼントも、ロウソクもケーキも要らない。
この腕があれば、それで良いと。

そう思えた、聖夜の話。





Happy Birthday & Merry X'mas !!

(2007/12/25)
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