09.抱き愛
何故こんな事になったのか。今でも、自分は正気じゃなかったと、そう思う。
言ってしまえば、愛情は狂気だ。
一人で居る時間にも脳内が誰かに染まってるなんて、それは侵食以外の何物でも無いし、ドーパミンの過剰発生はつまりはハイになってるユーフォリア。
それでもやっぱりキモチイイから、人はそれを求めるのだろうか。
覚醒剤で齎されるテンションと同意義の。
―――これは、中毒だ。
名前を呼ぶ声が掠れてしまった。
多分まともな声なんて出ないだろうと分かっていて、それでも呼んでしまった時点で、脳がかなりやられてる証拠。
ただ、そんな掠れ声にもこちらを向いて、彼は唇を重ねた。
ああ、今名前を呼んでしまったのは、キスをして欲しかったからだ。叶ってやっと、そう思った。
言葉に出さずとも、部屋の照明は落とされていた。殆ど手探りの中でも、辛うじて窓から入り込む月光で、ぼんやりとその輪郭が見える。
何かを話したかもしれないし、言葉が無かったら切欠も無かったかもしれない。
ただ、抱き締められてキスをして。その時に、ああ、今日俺は、この人に抱かれるのだと。そう思った。
ベッドがとても広くて、例えば俺が七人くらい寝転べるんじゃないかな、なんて。
殆ど沈まないその真ん中で、俺のあちこちにキスをするその人を、ぼんやりと見つめていた。
よく分からない感覚が体の真ん中から湧き上がって来て、やっぱりよく分からないまま、唇から漏れてしまう吐息には、そんな感情が交じっているのかな。
伺う様に何度も顔を見るその人の、何だか不安そうな瞳の色が気になって、大丈夫だよ、という意味を込めて笑えば、利き手と逆の手の指が、絡まった。
触れた先から蕩けて行く様な。普段は少し冷たい彼の体温が、とても温かくなっている事に気がついて、同じなんだな、って。
そうしたら、少し、体の力が抜けた。
想像していた痛さより、感じたのは熱さ。
勿論有り得ないほどの圧迫感とか、言ってしまえば吐き気なんかもあったし、ちょっと叫びたい衝動もあったけど。
それ以上に、その時の真剣過ぎてびっくりするくらいの顔とか、眉根を寄せた顔が、多分、俺と同じくらいの痛みを伴ってるんだって物語っていたから。
だから、歯を食い縛って。
痛いのだ、と。きっと言わなくても十分以上に分かっている彼に、これ以上気を使わせたくないから。背中に腕を回して肩口に顔を埋めた。
逃げ出したいと、思ったよ。
その体を突き飛ばして、止めてくれと言いたいと思った。
でも、それ以上に。
アンタが欲しいと思った。
気持ち良さとはかけ離れた行為だった。
それでも何だか満ち足りてた。
その間も終わっても手を離さなかった彼に、痛いくらいに抱き締められて。
ああ、やっぱり愛情は狂気だ。
だって、こんなに人を好きになれるなんておかしい。
口を開きかけた彼が、何だか謝罪の言葉なんかを口にしそうな気がして。
そんなものは必要無いのだと。言いたいけど言葉が見つからなかったから、俺は代わりにキスをした。
大丈夫。これは、俺が望んだ事だ。
これから慣れて行けたら良い。そうしてくれるんでしょう?と。
―――だって、抱き合う事はこんなに気持ち良い。
だから、いつもみたいに自信満々で居れば良いんだよ。
お得意の決め台詞でも吐いて、俺を呆れさせてるくらいで丁度良い。
もっとシアワセを感じさせて。
麻痺するくらいに、繋がっていよう。
狂気を孕んだ日常を、どうか一緒に過ごさせて。
ちょっと普段と雰囲気を変えてみたんですが、如何でしょう。
ハジメテの夜の話。ダイレクトな表現はゼロですが、私が書くとこの程度で納まってしまいます(笑)
さすがの跡部様も、緊張なさると思うんですよ。
正味、お互い手探りだから、かなりぎこちないハジメテ、になってそうですよね。
うちの跡部は、女性経験はあるっぽいです。そんなに遊びまくってない程度に。
でも、だからって男相手でも同じ様に出来るわけじゃないでしょうからね。そんな感じ。
勿論、リョーマはハジメテでしょう。だって12歳だぜ!?
(2007/12/16)
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