02.求め愛



陳腐な愛を綴ったラブソングが、巨大広告塔と化した液晶画面を震わせて流れていた。
中で歌うアーティスト。そのピンクの唇が紡ぐ言葉の意味が、分かってしまう日がどうやら……来たみたいだ。
望んだ訳でもなく、また分かる日が来るなんて予想も出来なくて。と言うか、来なくても構わなかった、全然。なのに。
ドラマとか映画みたいな話。
まさか自分がその“主人公”になる日が来るなんて、思ってもみなかった。
―――きっと皆、初めはそう思ってる。





何か言いたそうにしてるのには気づいていた。けれど、その中身までは分からなかった。それに気づけたのなら、こんな想いをする必要も無かったかもしれない。
苦々しげな表情でさ迷う瞳を見るのはもう嫌だ、と思った。だから、吐き捨てる様な言葉を、それこそ捨て台詞の様に残して部屋を出た。
追いかけて来るかと思った。そしたらきっと俺は掴まれた腕を振り解いただろうけど、それでも掴んで欲しかったって、自分の中でさえ否定出来ないくらい、俺の歩調がゆっくりだったのは事実だ。
でも、後ろから焦った様な足音が聞こえて来る事はなくて。重厚なドアは静かに閉まったまま、開かれる事はなく。
……それに機嫌を損ねても仕方がないって、分かってはいるのに。
……もう、何にムカついているのかさえ、よく分からなくなって来た。

秋はまだ遠い、けれど少しだけ、空の色が変わって来た気がする。
朝夕の気温差に袖の長さを迷う様なこの頃に、それよりももっと面倒な事を抱え込んでいる。





例えば気持ちの度合いなんて、測れるモノサシは存在しない訳で。俺自身も、そんなものは必要無いと思ってる。
けれど俺はやっぱり、何か……乱されてる様な気がするから。出来れば……いや、是が非にも、ベクトルはこっちからあっちが良い。
想われてる、なんて根拠の無い優越感に浸るよりも、そっちの方がずっと良い。明確なゴールが見据えられた状態で、真直ぐ立てたなら。
恋愛……なんて、そんなモンだと。思ってたし、思ってる。

けど上手くいかない。

自分が一番夢中になってるのが、白黒はっきりつくスポーツで良かった。
曖昧なのは性に合わない。なのに……この世でこれ以上曖昧な事はない、かもしれない様な。そんな事に、首を突っ込む事になった。

人を好きになった。
そして、好かれた。

時間を確認するために携帯を開いて、着信履歴もメールの受信も無い事に気づいてしまう。
それを調べるために覗いた液晶じゃないのに、時間そっちのけで苛々してしまう様な。
結局、こっちからあっちが良い、なんて言いながら。イコールが良いと、思ってしまったんだ。
きっとあの、夕暮れの公園で。逆光に目を細めながら、“何か”を口にしようと、息を吸い込んだ唇を見た瞬間から。





「最近付き合い悪ぃなー越前」
「ちょっと……練習したいんスよね。すんません」

日が落ちるのがほんの少しだけ早くなって来て、部活終了時間が30分ほど早くなって。
そして俺はここ一週間ほど、特に用事も無いのに、その30分を部室やコートで過ごす様になっていた。
誘われる寄り道を断り続けてさえ、家でも出来る壁打ちやグリップテープの巻き直しをする理由は……自分でも、考えたくもない。
期待……なんて。淡くて甘ったるい様な。そんな感情は、生憎持ち合わせてないはずだから。

でも。
もし、あの日の様に。
……俺の部活が終わるのを見計らって、校門前で待っていたら、どうする。
部活が終わるのが30分早くなったなんて、あの人は知らない。誰も居ないのに気づかないで、夜まで待ってたらどうする?
……可哀想、じゃん。

―――そんな事は有り得ないって分かっててこんな事してる自分も相当信じられないけれど。

もう、こっちから殴り込みかけようか。
ここん所何回もそう思って躊躇してるのは、面倒なふりをして臆病になっているだけだと。
分かってても動けない。だから待つなんて……卑怯なんだろう。
いっそこのゴチャゴチャを全部ブチ撒けられたらスッキリするだろう、けど、これを全部言葉に代える自信は無いし。それに。彼の前では余計……ポーカーフェイスを装ってしまうから。





その時、携帯が受信したメールは、先輩から。
『野試合は禁止だぜ。』……そんな一行メールに、俺は部室を飛び出した。





実は心臓がバクバク言ってたんだ、なんて。アンタには絶対言ってやらない。
出来るだけいつもの自分で居たいんだ。だってそうじゃん。
アンタの前では、いつもそうだったでしょ。アンタが……なのは、そんな俺だったはずだから。

だから、もう少しだけ待っててよ。
せめて、いつもみたいな悪態が吐ける余裕が出来るまで。






跡部誕2006の企画ページにあります『Please tell me by the lips.』の、リョーマside。
……2006はテーマが“乙女”だったり“初恋”だったりするモンですから、書いてるコッチが羞恥プレイ!みたいな気分になりました。
あっちは完全跡部視点なので、殆ど見えなかったリョーマの心情。
「Please〜」のリョーマが若干余裕めいてるのは、こんな理由があったから。実はギリギリ、かもしんない、という。
それと多分、悩んでたのが馬鹿らしくなったんじゃないだろうか。

このシリーズと普段のSSを比べてみると、一体リョーマに何があったんだ?と心配してしまう豹変っぷりです。
まぁ、それはそれで、これはこれで。繋がってても切れてても。 

(2007/10/28)




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